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誰も勝てないもの
人間が絶対に勝てないものとは
以前、当時8歳の息子から、なぞなぞを出題されたことがある。「人間が絶対に勝てないものはな~んだ?」と。
過去のいきさつから、私の頭に真っ先に浮かんだのは、AIやモビルスーツ*、戦車、戦闘機などの人工的に製造されたものだった。それらを答えると、「それは人間が操作して動くし、逆にそれを使えば倒せるでしょ」と不正解だった。
* ロボットアニメ『機動戦士ガンダム』シリーズに登場する架空のロボット兵器
なるほど、人間が自分の意思では動かせないもので、強いものといえば・・・、次に思いついたのが、恐竜、象、毒蛇などの猛獣や危険生物。「いや、恐竜は既に絶滅しているし、武器とか使えば倒せるでしょ」とまたもや不正解。そうか、武器は使っても良いのだなと、なんとなく答えの条件を見つけだして前進している感を維持するのが関の山だ。
いきなり出題してきた割にはなかなかの難問ではないか。武器でも倒せないものといえば・・・、ゾンビ、幽霊、おばけ、妖怪!!と回答してみた。「確かに怖いけど、そもそも実在しないでしょ。それにゾンビは武器で倒せるし」と不正解。そうか、ゾンビは武器で倒せるのかという疑問は残りつつも、答えの見当がつかず、今の私にとっては、目の前の息子こそが勝てない相手なのかもしれない、などと考えていた。
自分の中にあるもの
そこからは何も思い浮かばず黙って考えていると、しびれを切らした息子がヒントをくれることになった。 「既に自分の中にあるというか、持っているものというか・・・・」
そこでようやく私はひらめき、次の瞬間、大人気もなく大きな声で叫んでしまった。「欲望だーーー!」と、その後、恥ずかしげもなく丁寧に、一文字ずつ、「よ・く・ぼ・う」なんて言ってみせた。家の中だから良いものの、大の大人が大きな声でさけぶ単語ではない。内心では、「どうだ、息子よ、私に勝てないものはない!」と思っていた。
「ファイナルアンサー?」と息子が聞いてきたので、「イエス、イエス、ファイナルアンサー!!」と返事をした。なぜか英語になる。
「ざんね~ん!!」とまたしても不正解。「ギョエーーーーーー」とますます大きな声になる私。ギャフンでなくて良かった。「パパは欲望には勝てないの?」と聞かれて、「あっ・・・」と今度こそギャフンだ。
答えは「好奇心」だそうだ。人間は好奇心には勝てないという趣旨のことを本で読んだらしく、本人もかなり納得したということを聞き、息子の成長を喜ぶ半面、幽霊だ、妖怪だと答えていた自分が少し恥ずかしくなった。
確かに好奇心が人類や文明をここまで進化させてきた大きな要因の一つだろう。そして、これからの未来を築いていくのも好奇心なんだと思う。
インタネットサービスであるコトバンクには、日本大百科全書(ニッポニカ)小学館で、「好奇心」の解説が以下のように紹介されている。
人および動物の生存に直接関係する動機づけと並んで、探索行動や認知行動をおこす動機づけをさす。好奇心は生得的なものであり、新奇さ、意外さ、複雑さなどの刺激特徴に接して生じるが、何が新奇であり、意外であり、複雑であるかは、経験により異なっているので、実際には習得面とも関係する。また、個体差があり、同じ状況に置かれても好奇心の程度は異なる。
つまり、既に知っていることと、新しく入ってくる情報とのギャップによって、知りたいと思う動機付けのことで、個体差もあるということ。既に知っていることやさまざまな経験をしている大人は、経験や知っていることが比較的少ない子供と比べると、好奇心を得る機会が相対的に少ないのかもしれない。
私自身は好奇心が旺盛な方だと自己認識をしているものの、最近好奇心を刺激されることが決して多いとは思わない。もちろん、世の中で起こっているニュースを知るたびに、「なぜ?どうして?」と感じることは非常に多く、知りたいという欲求から新聞を読み、ニュースサイトを検索し、テレビのニュースを見る。連続ドラマを視聴したら、続きが気になり、翌週必ず視聴するということも日常的におこなっているものの、それが好奇心に勝てないというレベルのものかと問われると、はなはだ疑問である。
集団での活動とその中で成される意思決定や個々の活動
そんな私が、継続して好奇心をそそられ続けていることがある。人類の営みの中で、おそらく種としての生存技術でもある「集団での活動とその中で成される意思決定や個々の活動」が、さまざまな事象や結果から、どうしてそうなったのか、どうしてそうしたのかである。これについては、私は興味関心が高く、常に好奇心を刺激されている。
要は、ある目的を持った集団が、目的を達成するために集団で活動すること、その過程において行うさまざまな行動が思うように行かなかったり、なかなか理想に近づけなかったり、そもそも理想形はなんだろうかということに興味が尽きないのである。
さまざまな組織、コミュニティーのような集団から、軍隊や、自治体、国など、集団として活動する時に、一個人としては考え難いことが起こったり、とんでもない結果を招いたりするのが不思議でならない。なぜそうなるのかということを知りたくなって仕方がない。これが純粋な好奇心なのだと思う。
人は常に何かしらの組織や集団に属している。全ての人間の営みは集団によってなされているといっても過言ではない。、当たり前と言っては当たり前なのだが、一個人の意思が必ずしも自身の属している集団の意思とは同じではないこともあるのに、集団としての意思決定は常に起こっていくのである。
もちろん、私自身もいろいろな組織や集団に、過去も現在も属しているので、1プレイヤーとしての視点や、そこで得られる経験というのも同時進行で好奇心を刺激してくれる。日々普通に過ごしているだけで、ワクワクしている。だからといって、毎日が楽しくてたまらない、ということではなく、むしろ逆に、何でそうなるんだ、なぜ何もしないんだ、どうして自分の属している組織の未来に無関心でいられるんだと、興味があるからこそイライラすることも多いのが現実である。
世界で起こっている分断
最近は、世界中で加速しているように見える「分断」が心配でならない。分断の先にはどのような未来が待っているのだろうか。何も分断することが悪いことではなく、異なる価値観や意見によって双方の集団が形成されたとしても、共通の目指すべきことで合意して前に進むことはできるはずだ。また、くくり方を変えれば一つの大きな集団であるのも事実。細かい違いや、ある一点の違いを争点にして、過度に境界線を深く掘り下げるのもどうかとは思う。異なる意見があるからこそ、論点が明確になり、今より良いことが生まれることも大いに期待ができることだろう。
われわれが属している企業組織でも、分断はしばしば起きる。派閥というものから、企業合併などで異なる企業文化が融合した後や、変革をする際の推進派と反対派、異なる事業部間、あるいはフロント側とバックオフィス側など、違いをベースにした集団化、アイデンティ化が起こると、分断に近い状況になってしまう。
分断の先にあるのは勝ち負けを決める争いか、共通の何かによる統一か。それは組織としての崩壊か生存かの分岐点になるのかもしれない。できることなら、どちらか一方が負ける争いではなく、双方が絶対に勝てない好奇心を刺激するような、そんな未来像を描いていけたら良いのではないかと思う。
最後に、フィクションですが、とても面白い演説があるのでご紹介します。
宇宙世紀 改暦セレモニー記念演説: https://www.youtube.com/watch?v=_d9zMldv4nE
もし自分が、地球にもう住めないので、スペースコロニーへの移住を強制されたとしたらと想像してみる。とてつもなく大きな変化を受け入れるために何が必要なのだろうか、何があったら好奇心を刺激して、喜んで移住できるのだろうか。そこには分断された社会の行く末や、数々の大きな組織変革に直面しているわれわれのヒントになるものがあるのではないかと思い、しばらく考えてみることにする。私の好奇心が持続する限り。
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