エグゼクティブ・コーチング事例 ファイザー株式会社

エグゼクティブ・コーチングで培う「One Pfizer」マインド

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激変するグローバルビジネス環境下、経営を担うエグゼクティブへのプレッシャーも日増しに強まってきています。 課題に立ち向かい、正しい判断のもとに組織を牽引していくリーダーシップは、グローバル・マネジャーとしてのコンピテンシーですが、これを高めるため、GE、ジョンソン・エンド・ジョンソン、P&Gなどの欧米優良企業においてエグゼクティブ・コーチングを取り入れているのは有名です。 今回は、全世界の経営幹部全員にエグゼクティブ・コーチングを施し、成果を上げているファイザー株式会社組織人財グループ統括部長 豊沢泰人氏に、導入の実態と効果についてお伺いします。

ファイザー株式会社

設立 1953年8月1日
資本金 648億円
売上高 439,512百万円
従業員数 4,682名(日本法人・2008年11月末日)

事業概要

循環器系、中枢神経系、感染症、アレルギー系、疼痛・関節系、泌尿器系、眼科系、ガン、内分泌系などの幅広い疾患分野で革新的な新薬を開発・製造・販売するヘルスケア分野、さらに動物用医薬品、農薬品を扱うアニマルヘルス事業における世界のリーディングカンパニー。150年以上の長い歴史を持ち、古くはペニシリンの量産に世界で初めて成功した企業として知られています。グローバルな事業展開で、世界150ヶ国以上、約8万人の社員が活動、その根底には、"Working together for a healthier world"― より健康な世界の実現のために貢献する ― 揺るぎない企業理念が息づいている

豊沢さんのご担当されているお仕事をお聞かせください。

グローバルに活躍する人材を育成することが私の仕事です。日本におけるタレントマネジメントと、タレント・ディベロップメントを統括しています。 タレントマネジメントにおいては、中途のアッパー社員(幹部候補)の採用計画、スタッフィング(配置)、サクセッションプランニングなどを行っています。タレントディベロプメントは、幹部社員教育、IDP(社員人財育成計画)の管理運営と共に部門の人財育成コンサルテーションを行っています。

人材管理・育成はグローバルに行われているとお聞きしました。

タレントマネジメントもタレントディベロップメントもグローバル単位で行われています。グローバル共通のシステムに基づき、同じフォーマット、テンプレートを用いて行われます。コンピュータシステムも共通で、世界中の人材プロファイルをすべて閲覧することができます。

スタッフの異動もグローバル間で行われているのですか?

基本的にスタッフィングはジョブポスティング(社内募集制)ですので、ポスティングする際、たとえばカナダでマーケティングの人材を募集しているとしたら、日本にいるスタッフも手を上げることができます。一方カナダのほうでは、社員ナンバーを見れば、応募してきた人材プロファイルがシステム上ですべて見られるようになっています。 このようにグローバルで働くチャンスは常にあります。

次世代のグローバルリーダー育成を中心とした人財開発戦略は、経営戦略の核を成す重要なテーマと伺っています。そのプログラムのひとつとして、エグゼクティブ・コーチングを導入されています。

ファイザーにおいて、エグゼクティブ・コーチングはグローバルレベルで行っています。日本では執行役員を対象としており、全員が必ず受けなければならないプログラムです。社内のコーチングでは電話セッションもありますが、AMAのエグゼクティブ・コーチングの場合、すべて対面で、セッションの度にコーチにこちらへ来てもらっています。 エグゼクティブ・コーチングの導入の狙いは、グローバル競争を勝ち抜くリーダーを育成する、とともに、客観的な立場で具体的な提案や意見をもらいながら、現実に起こり得る課題を解決する力を養うこと。どのポジションであれ、悩みはあります。誰かに相談に乗ってほしいとも思います。しかしポジションが上に上がれば上がるほど、部下に話を聞いてもらうわけにはいかなくなる。同じ立場の人間に相談するにしても、ビジネスの関係があって本音では話せないでしょう。 これまではグローバルで外国人コーチをアサインし、海外から日本に来てもらっていたのですが、それがあまり効果的でなかったので外部のコーチを探して、AMAに行き着きました。

コーチ選定の条件として、グローバルビジネスとマネジメント経験のあること、これにダイバーシティ環境の組織をまとめたことがある方を探しました。

外国人コーチが効果的でなかった理由とは?

そのコーチが日本をあまり知らなかった、というのが大きな理由です。それゆえ、コーチングセッションも一般論どまりでした。役員の多くは日本人ですが、現実の問題を抱えて困っている当の役員にとって、外国人コーチのアドバイスには具体性が欠け、解決策が見えてこなかったのです。
また、当社には外国人の役員もおります。彼らにとって最大の悩みは、「日本人は自分と違う」ということです。日本で働いている100名、200名いる自分の部下のことをわからないのが問題なのです。その対処の方法を具体的に聞きたいのに、外国人のエグゼクティブ・コーチでは、そこはわからないため、具体的にコーチすることができません。「アメリカだったらそんなことはありえない。あなたは悪くない」と言われたとしても、彼らの問題は何も解決しません。
そこで、AMAの日本人コーチにお願いすることになりました。

コーチの選定ポイントは?

まずグローバルビジネスの経験が豊富にあることです。コーチは経験がすべてなので、どんなに頭がよくてもマネジメントしたことがなければ意味がありません。それとダイバーシティ。国籍、性別、年齢、キャリアなど「自分と違う種類」の人間が部下にいる組織を束ねた経験のある方を探しました。

AMAのエグゼクティブ・コーチングはいかがでしたか?

エグゼクティブ・コーチングを受けた役員たちからのフィードバックによれば、このプログラムについては受けた全員が満足しているという結果で、なかでもメディカル開発部門と日本人以外のマネジメント層からは高評価でした。 理由としては、メディカル開発部門の人間の多くがMD(メディカルドクター)なので、ビジネス経験はほとんどなかったため、グローバルビジネスで長いマネジメント経験のある方の話が大いに参考になったことが挙げられます。
日本人以外のマネジメント層からは「日本人のカルチャーのもとで、外国人として気をつけること」を具体的にアドバイスされたのがよかったという声が多く挙がりました。

「外国人として気をつけること」とは、たとえばどのようなことなのでしょう?

たとえば能力は非常に高いのですが、組織をスムーズにマネジメント出来ずに悩んでいた外国人役員がおりました。エグゼクティブ・コーチングのセッションを通して、その原因が、部下とのコミュニケーションに注意を払わないことにあると気づいたコーチが、「日本では仕事が終わった後に、みんなで飲みに行くものなのですよ。でもあなたは誘われていないでしょう? 日本人の役員は、みなさん部下と飲んでいると思いますよ」と、部下とのコミュニケーションのとり方を、さりげなく提案したのです。

効果のほどは?

アドバイスを素直に聞き入れて、翌週から部下と面談を行い、コーチングの内容を彼らにフィードバックしたそうです。 外国人の彼らは、納得すれば行動は早いのです。照れがないので、コーチに言われたことを素直に聞き入れて実行し、効果を上げる。そのなかの一人は、部でひとり500円ずつ出し合ってビールを買い集まる会を企画して、いまも毎月開いています。

AMAのエグゼクティブ・コーチング(EC):5セッション実施の場合の例

1セッションの中のEC回数 4回(90分/回)
ECの総数 20回(30時間)
セッションのスケジュール 具体的日時はコーチとコーチィとが互いの都合を擦り合わせて事前に各セッション前に決定します
テーマとアジェンダ 各セッションのテーマとアジェンダは、コーチとコーチィが綿密に相談して決定します。
報告書 各セッション終了後、コーチからコーチィの上長および管轄部門に向け、コーチング内容をまとめたサマリーレポートを提出します

エグゼクティブ・コーチングを受ける利点のひとつは、経験したことのない失敗例を、コーチの実体験に基づいて詳しく聞け、それを自分の立場に置き換えてシミュレーションできることだと聞いたことがあります。

AMAのコーチは経験のおありの方でしたので、失敗例、成功事例を自分の実例として豊富に持っていました。経験していないことをシミュレーションできるのは大きいと思います。

ところで、エグゼクティブ・コーチングにはコンピテンシーを改善する効果が実際にあるのでしょうか?「GMのジャック・ウェルチ氏は、エグゼクティブ・コーチングを受ける前は鼻持ちならない性格だった」と彼のコーチだった方が自著で述べていますが。

可能性はあると思います。ファイザーではエグゼクティブになるための条件のひとつに、コンピテンシーがあります。コンピテンシーモデルはシニアリーダー・エクセレンス・プロファイルという上級幹部になる為の必要条件の重要なアイテムです。基本的には条件をクリアしている人をエグゼクティブに選びますが、まれに問題点が出てくる場合もあります。そのとき、彼を落とすか、あるいは育成するかは上司の判断です。「これは到底更正できないな」と上司が思えば降格させるしかないですし、コーチングで改善できると思えばトライします

コンピテンシーに書いてあることは、彼らが昇格してきた理由。強みは、適度であれば長所だが、それが強化されてある一線を超えると欠点になってしまうこともある。

問題点に上がりやすい共通特性は、何かあるのでしょうか?

共通してあるわけではありませんが、問題点として出やすいものは先の「Senior Leader Profile」にリストアップされています。ファイザーにおいて、シニアリーダーになり、役員になる人は、問題点は基本的に大きくありません。 ファイザーでは「君の欠点は〇〇が過度だ」と注意することがよくあります。たとえばリーダーシップが強いならOKです。しかしリーダーシップが強すぎるとパワハラになってしまう可能性があり、問題です。コンピテンシーに書いている内容は、彼らが昇格してきた理由であり、その強みは適度であれば長所ですが、それが強化され、ある一線を超えると今度は欠点になってしまうこともあります。

コーチングには、そうしたことも修正する役割があるのですね。

自分では気づきませんからね。一般社員の場合、これに気づき、修正をはかるのは上司の役割になります。部下がトラブルを抱えているままでは、部署全体のパフォーマンスが低下してしまうリスクもあります。 一方、エグゼクティブとなると、注意を受けたりコーチングされる機会は少なくなってしまいます。会社内で唯一補正できないのがこの層なので、外部のコーチの力を借りているわけです。

ファイザーの役員に共通する特性は、何かありますか?

役員に限らず、当社に適しているのはタフな人です。 ファイザーでは、開発の研究職のような特別職でない限りは、基本的に全員営業を通ってきます。営業を経験することによって、コミュニケーションスキル、ヒューマンスキルが磨かれます。 医薬品メーカーで研究がしたいのに、入社したらまず営業しなければいけない会社には、普通は来ないですよね。そういう意味では、スクリーニングがかかっていると思います

ファイザーでは、優秀な人にリソースを集中すると公言なさっています。

管理職研修など、全員が受けるプログラムもありますが、それとは別に投資として考えているのは、すべて優秀な人材を対象としたものです。彼らには海外経験をさせるなど多くのお金をかけています。 この人選はタレントレビュー会議において候補者としてノミネートされているリストを中心に行われています

活躍の場が世界に用意されているのは、大きなモチベーションになると感じます。ジョブポスティングにおいて、手を上げた人の中からどのようにして選択されるのでしょうか? 選択基準は何かありますか?

選択の際には、GTP(グローバルの人財管理システム)のガイドラインに沿って行われた選抜によりリストされたタレント候補者中に対して、「シックスグリッド」という評価システムを用います。これはX軸にFuture Potential(将来的可能性)を、 Y軸にPerformance(パフォーマンス)を置き、Xを2段階、Yを3段階に分け、6つのボックスを設置したものです(6つのボックスの内訳は、上段右:Key Colleague、上段左:Strong Contributor、中段右:Emerging Colleague、中段左:Solid Performers、下段右:Colleagues in Transition、下段左:Under Performers)。一般に汎用されているものと思います。評価者のバイアスを最小限にする為に、GTPにはコンピテンシーモデルをベースにした科学的な採点システムが導入されており、グローバルで共通の指標を採用しています。勿論、完全ではありませんので、評価者研修は必要です

必要な人材を迅速に捜し当てることが可能となりますね。

かつ、ダイバーシティの強化も実現できます。グローバルタレントマネジメントというコンセプトにおいて、最も重視しているのはダイバーシティの徹底です。ファイザーは本国がアメリカということもあり、元来ダイバーシティの意識を備えている会社ではあります。しかし、グローバルに展開している会社とはいえど、マネジメントクラス以上にはネイティブアメリカン多かったという事実がありました。だた、それは差別をしているのではなく、他の国の状況がわからなかったからです。また、アメリカでは人選はクローズドで行われるという慣習もありました。 そこで、人材の情報をオープンにし、人選も透明にしたのです。いまでは本社においてもノン・ネイティブにチャンスが増えました。もともとヨーロッパや日本で手を上げる人がいなかった、というよりアメリカや海外の状況が見えなかったので、手を上げられなかったのですね

ダイバーシティが求められる中で、グローバルで実力を発揮する人材を育てていかなければならない。エグゼクティブ・コーチングもこの流れの中ひとつ

グローバルで活躍するなら、英語力も必須ですね。

グローバルでマネジメントしていく上で、トップレベルまで上り詰めようと思うなら英語力は必須です。日本のオフィスで部長になるということだったら特に海外経験は不要ですが、グローバルなポジションに就きたければ、一度は必ず海外に行かなければなりません。 日本の中にいる場合でも、営業しか経験しないままではトップへ行けません。 一度、他部門へ異動し、リスクテイクしてもらわないといけません。例えばメディカルの責任者が、マーケティングのラインに入って、ライン長から指示されながら仕事を覚えることもあります。

こうした異動もシックスグリッドに基づいて行われているのですね。オープンで公平な人事が実現できる画期的なシステムだと感じます。

いまの課題としては、採点にばらつきが多少見られる点です。これにおいては現在ラインマネジャーに対して研修を行っている最中です。

ばらつきというのは?

個人差というより、国によって差があるのです。アメリカは自分にも他人にも評価がポジティブです。満点に近い。日本の場合は"Key Colleague"のボックスにはなかなか人が入りません。日本の評価では、悪い人もいないけれど、素晴らしい人もいないという状況なのです。シックスグリッドは将来のポテンシャルを探すことが目的なのですが、こうなると、グローバルでは「日本は普通の人ばかりなのか」ということになります。それではグローバル育成の対象になりません。

誰に評価されるかで入る箱が変わってくる、というのは困りますね。

アメリカと日本で、それぞれ同じくらいの能力を持つ人間が、別の箱に入っている、ということは大いに考えられます。日本の6つの箱は、世界の6つの箱と共通ですからね。 このことは、ラインマネジャーに体で覚えてもらうしかありません。 たとえばアメリカでKey Colleagueの箱に入っている人材が、日本のある部署にジョブポスティングをして、採用され、働くことになったとき、採用した当の日本のリーダーが、「なんだ、この程度の働きで、こんなに点数がいいのか」とびっくりするとします。 このように、自分の部下と能力はまったく変わらないのにスコアがすごくいいとわかったとき、はじめて自分たちも採点を変えなければならないと実感するでしょう。

「2009年のファイザーの経営の重点目標は。

人材育成です。大型合併が続き、ダイバーシティが求められる中で、グローバルで実力を発揮する人材を育てていかなければなりません。エグゼクティブ・コーチングもその流れの中のひとつです。 「チェンジマネジメント」「リーダーシップ」などシニアリーダーに求められる10のコンピテンシーモデルのなかで、ファイザーにしかないのは、『ワンファイザー』という概念です。たとえばガンの領域で働いている人が、豚インフルエンザのような感染症のビジネスユニットも含めて「ひとつのファイザーとしてものを考えているときがありますか?」「自分のユニットさえよければいいというふうになってはなりませんよ」というのがワンファイザーです。この概念をグローバルでまとめるために「Our Path Forward」というスローガンもあります。みんなで向かっていくのは一緒。未来に向かっていく道、という意味なのです。

/文:ライター 野崎稚恵 /写真:金谷喜久

インタビューを終えて・・・

ジャック・ウェルチが次期CEOの候補に挙がった際、GE内で彼は収益を生み出すきわめて優秀な人材であると認められていたものの、その傲慢な言動、優秀でない人に容赦ない態度が問題視されていました。そこでGEは彼にエグゼクティブ・コーチングを受けさせることにし、この結果、彼は悪癖を正すことができ、晴れてCEOに就任したといわれています。「優秀なだけではトップに就くことはできない」ことを示す好例ではないでしょうか。 トップが下す最終意思決定は、決して自己中心的であってはなりません。企業理念に合致した判断を、インテグリティを備えた人格で行っていくのがトップの義務です。 ファイザーが実施している人材選抜・育成プログラムには、ファイザーにふさわしい人材を6ボックスグリッドにより厳選し、育成する明確なプロセスが見えます。ファイザーにとってのエグゼクティブ・コーチングの目的は、自己を客観視し、ダイバーシティに備え、よりしなやかな判断力とコミュニケーションのスキルを体得することによって、社員の力をひとつにまとめる経営力を培うことだと豊沢さんはおっしゃいます。こうした戦略的人材マネジメントは、ファイザーの競争力を高め、不確実性にも柔軟に対応できる組織基盤構築に大きく貢献しているのだと実感しました。

ライター:野崎稚恵

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